服を脱ぎ捨てた風太の素肌が、目の前に晒される。逞しい身体と、射るような視線をまともに見ていられなくて目を逸らし閉じてしまうと、顎に添えられた手に強引ではない力で呼び戻された。
顔を寄せた風太の唇が、珠恵の顔を押し上げるように何度か角度を変えて重ねられる。舌を交じり合わせ離れていったその唇が、次は顎から首筋をなぞりそこを軽く食んで、少しずつ肌を辿りながら下へと落ちて行く。
着ていた物はあっという間に慣れた手で全てが剥ぎ取られ、纏っていた衣服の代わりに、風太の肌が珠恵の身体に絡みついていた。
――余裕、ねえから
前の時も、確か風太は同じことを口にしていた。けれど、あの時は珠恵が初めてだったからそんな風に言ってくれたのだと。きっと珠恵の身体を気遣い、本当にとても優しくしてくれていたのだと、そうわかる程の風太の性急さに、こんな風に余裕の無い程の欲望が向けられることを、嬉しいとさえ思ってしまう。
胸の柔らかな場所に辿り着いた唇が、強く肌を吸い、微かな痛みと引き換えにそこに赤い花を咲かせる。その先へとなだらかな膨らみをなぞった舌に胸の先を捕えられ、味わうように転がされ、唇で食まれ甘く噛むように歯が立てられて。身体のあちこちに与えられる甘美な刺激に堪えきれなくなり、唇から零れ落ちた声は、すぐに風太の口内に溶け込んで飲み込まれた。
さっきまで足元を辿っていた指はもう、まだ受け入れることに慣れない場所を開き珠恵の中に入り込んでいて、探るように、けれど時に大胆に動くその指が、次第に滑らかになっていくそこを掻き乱していく。
自分を翻弄している指を締め付けながら、熱に浮かされたように何も考えられなくなった珠恵は。風太の色の付いた熱い肌にしがみついた。
「ん……ふっ…た…さ、も……ゃっ」
「……珠恵」
零れる息と共に、深い欲の滲んだ男の声で風太が珠恵の名前を呼ぶ。恥ずかしくて堪らないはずなのに、伝わって来るその欲望が、珠恵の奥に灯った熱を更に煽り立てた。
ほんのわずかの間手を止めた風太が、確かめるように珠恵を見つめる。宛がわれた張りつめた熱は、もう中に入るための準備を終えていたけれど、いつの間に、などという疑問を感じる余裕など今の珠恵には全くなかった。
逃げ出したいのにもっと隙間もないくらいそばに居たくて、縋りつくように風太の腕を強く握り締める。微かに細めた目で珠恵を見つめたまま、風太の熱が、身体を押し開いてゆっくりと珠恵の中に入り込んできた。
微かに残る痛みに軽く唇を噛んでそれを受け入れながら、汗が流れ落ちる風太の僅かに苦しそうな顔を見上げる。男の人だ――と。そう感じさせる表情に眩暈がしそうになって、息を震わせながらそっと目を閉じた。
「……痛い、か」
熱い息を吐き出し珠恵の頬に触れた風太を、目を開いて見上げる。眉根を寄せた心配そうな瞳を見つめ返し、笑みを浮かべて首を横に振った。
「だい、丈夫……です」
もう一度深く呼吸をした風太が、珠恵の様子を見ながら動き始める。荒くなっていく吐息と、どこか凶暴さを滲ませた欲に濡れた瞳に、身体の芯が震えた。僅かな痛みを感じていたそこが、すぐに痛みとは別の熱を覚え始め、甘い蜜を零して風太の動きを助ける。もう目を開けていることもできず、珠恵はただ与えられる快感に翻弄されていた。
切羽詰まったような、けれど甘さを含む声で名前を呼ばれるそのたびに、胸の奥が震えて、それに呼応するように繋がった場所が熱を零す。
「なぁ……気付いてるか」
抑えられた低い声が、息がかかる程の距離で聞こえる。さっきまでよりも緩慢になった動きに、珠恵はもどかしさのようなものさえ感じ始めていた。
「……何、……です、か」
「たまえ……」
「んっ」
熱い息が耳元で名前を呼ぶから、身体が自分の意思とは関係なく小さく跳ねる。
「お前、名前呼ぶと……凄ぇ、いい反応する」
「やっ……わかり……ませっ」
恥ずかしさの余り目を逸らそうとするのに、風太の手はそれを許そうとしなかった。
「こっち……見てろ」
「ぃや」
仄暗く熱が籠った瞳に真っ直ぐに見つめられて、まるで絡め取られたみたいにそこから目を逸らすことができなくなる。
「――珠恵」
見つめ合ったままで、風太の声がまた名前を呼んだ。その途端、身体の底からゾクッとする程の熱が込み上げて、自分の中から何かが零れ落ちるのを感じた。
「……っや……ぁっ」
眉根を寄せた風太が唇の端を上げてクッと笑うその振動が、また珠恵の身体を震わせる。
「んと……堪んね」
ポツリと呟くように零した風太の言葉は、殆ど珠恵の耳には届いていなかった。深く入り込んでいた風太の熱が、いったん珠恵の中から離れていくような動きを見せたと思うと、再び、もっと深くまで抉られる。
「あぁっ……ふ、たっ……や、だっ」
知らない感覚に翻弄されて、もうさっきからずっと、勝手に溢れ出る涙がこめかみを濡らし零れ落ちていく。再び塞がれた風太の口内に声を押し殺され、それが余計に快感を高めていた。
「ふっ、ぁ……んっ、ゃっ……」
繰り返し突き上げる激しい動きが止まると、堪えるような声を呑み込んだ風太の身体が、腕の中で震えるのを感じた。珠恵の中で熱が爆ぜるのを確かに感じながら、何かに突き上げられるような感覚に一瞬頭の中が真っ白になる。
大きく息を吐き出した風太の身体が珠恵に重なり、肩で息を繰り返す。その重みを受け止めながら、遠くなりそうな意識を、辛うじてそこに留めていた。
しばらくは身動きもできずに、息が落ち着くまで目を閉じていた。やがて珠恵の上で身動いだ風太の手が頬をなぞり、肩口に顔が伏せられる。ゆっくりと目を開いてみると、珠恵のすぐ目の前にある肌に、天女と桜の絵が浮かんでいた。まだ消えない身体の熱を引きずったまま、珠恵は重い腕を動かし、そっと花びらの一枚に触れた。
顔を持ち上げた風太が、気怠げな瞳で珠恵を見つめた。その目の奥に浮かぶどこか色めいた余韻に、心臓がトクッと跳ねる。なぜかじっと見ていられなくて、視線を伏せ誤魔化すように指を動かし天女の顔に触れる。まともに顔を見ることもできないくせに、離れたくはなくて、色を纏った背中に腕をそっと回した。
目を閉じると頭の中に、風太と二人で見上げた桜の花が、風に煽られ舞い散る風景が浮かぶ。それをここに押し留めようとするかのように、風太の桜が散ってしまわないように、いつしか気付かぬうちに、珠恵は肩に回した腕に強く力を込めてしまっていた。
「珠恵?」
さっきまでのような欲情の滲んだものでなく、静かに名前を呼ぶその声に、もう一度目を開いた。
「どうした」
少し身体を引き離した風太が、珠恵を、見つめる。
「なんでも……何でもありません」
微かに笑みを浮かべながらそう答えて、風太の肩に舞い落ちた花びらに、顔を近付ける。
「ここにも……桜」
小さく呟きながらそこにそっと唇で触れると、風太の身体が微かに揺れた。
唇を離して、手に取れそうな花びらを優しく指でなぞる。不意に腕が引かれて、花に触れていた指先に唇を落とした風太が、珠恵の瞳をじっと見つめた。
「風太さ」
「……お前のだ」
「……え?」
静かな声でそう口にした風太の言葉は、意味も分からないうちから、何故だろうか、珠恵の鼓動を震わせた。
「俺の身体に咲いてる桜は……全部、お前だけのもんだ」
「――あ」
胸が震えた訳が、わかった。散ることのない桜を、風太は珠恵にくれるというのだ。
「……は、い」
胸の奥から込み上げるものに、頷く唇が震える。言葉にならない想いを汲み取るように、唇が柔らかく重なった。
珠恵を見つめる風太の瞳は、鋭くて強いものなのに、どこか少し泣きそうにも見える。
背に回された風太の腕が、掻き抱くように、そしてどこか縋るように強く珠恵を抱き締めた。苦しいのに、幸せで温かな涙が頬を伝って流れ落ちて行く。
「……風太、さん」
珠恵も、風太の頭と背に両腕を回し、そっと抱き締め返した。
「……好き……です」
何も答えない風太の腕に、また力が込められる。
二度と散らない桜に抱かれながら、珠恵は、静かに目を閉じた。