《12月25日・朝-side珠恵》
早朝に目が覚めて、時間を確かめようと巡らせた視線がそこで止まる。枕元に、夕べはなかったリボンが結ばれた小箱が、置かれていた。
誰が――なんて、考えるまでもない。寝起きの頭がはっきりと覚醒しても、消えずに目に映っているそれを、そっと手に取ってみる。
夕べ風太にプレゼントを渡した時には、それらしい素振りは何もなかったのに。
街中を彩るこの時季特有の煌びやかな装飾にも、ツリーにも目を留める事のない風太は、クリスマスに無関心なのだろう――と、そう思っていた。
きっと、そうなのだ。それなのに。
リボンを解いて箱を開けると、中には、所々に小さな丸いムーンストーンのついた真鍮のブローチが入っていた。それは、先日二人で出かけた先で立ち寄った雑貨屋で、珠恵が少しの間見入っていたもので、その事にまた瞠目する。
――なに見てた
――あ、あのブローチを。宿り木の形が可愛かったので
――ふうん
交わしたのは、確かたったそれだけの会話だった。
台座から外し指で摘まんだ小さな贈り物を、手のひらに乗せてみる。あの店で見ていた時よりも、もっと素敵に見えるのだから不思議だ。
パジャマの胸元にあてたそれを、どの服に合わせてみようかと想像してみる。そうして、きっと中にいても落ち着かなかっただろうあの店で、このブローチを手にレジへと向かう風太の様子を思い浮かべて、口元に笑みが浮かんだ。
朝方の部屋。冬の空気は冷たいのに、胸の中が温かい。温かくて、ほんの少しだけ泣きたいような気持ちになる。
サンタクロースは、隣の布団で僅かに唇を開いたまま、まだ眠っている。
ふと、幼い頃に読んだ外国の本の中で、クリスマスの夜、宿り木の下でキスをする男女にドキドキしたことを思い出した。
自分の思いつきに瞳をうろうろとさせて――。自然と息を止め、風太が起きないことを祈りながら、顔を寄せる。
ヤドリギをかたどったブローチを胸元に緩く握り締めて、そっと、眠る風太の頬にキスを落とした。
――メリークリスマス……風太、さん
胸の中でひとり、そう呟きながら。
《12月24日・夜-side風太》
クリスマスだからといって、特別何かをしようという気はなかった。
外で食事をして、街中のイルミネーションを見て歩き、どこかに泊まって。初めてのクリスマスなのだから、それ位のことをしてやればいいと思う気持ちが僅かに過りはしたものの、結局は何も言い出さずに。
いつものように仕事をして、いつものように家に帰り、いつもの顔ぶれと、いつもよりはほんの少しそれっぽい夕飯と、喜世子と珠恵が作ったケーキを食べただけのイブの夜。
何も言わない珠恵は、それでも、楽しんでいるように見えた。
食事の片付けも風呂も終え、部屋に戻ってくると、部屋の隅でこそこそとしていた珠恵が、後ろ手に持ってきたものを、「あの、これ」と言いながら差し出した。
何だ――と聞くまでもなくクリスマス仕様にラッピングされたそのプレゼントを、また、いろんな言い訳と共に手渡される。
礼を言って受け取りながら、ふと、不慣れな店で店員に聞かれた事を思い出していた。
――クリスマスのラッピングになさいますか?
――あ……いや、簡単に
仕事の合間に訪れた店は、やはり場違いで居心地が悪く、そこから早く離れようとそう答えた小さな箱は、リボンだけを巻かれ剥き出しのまま、作業着のポケットの中にある。
珠恵が用意していた、綺麗にラッピングされたプレゼントと引き換えには、何故かそれを渡すことができなかった。
別々の布団で眠りに就いた夜半。目を覚ますと、部屋の片隅、薄く差し込む街灯の灯りに、小さなツリーが浮かび上がっていた。
この部屋にこんなものが飾られる日が来るとは、想像すらしなかった――と、小さく苦笑しながら、邪魔にならないささやかな大きさのそれを、飾りつけていた珠恵の横顔を思い出して、胸の内に僅かな苦さが込み上げる。
視線を巡らせてから、起き上がり、壁に掛かった作業着のポケットに手を入れた。
取り出したのは、作業着には不似合いな細いレースのリボンの掛けられた、片手で容易く掴めるほどのシルバーの小さな箱だ。
眠る珠恵に視線を落とし、頭上にしゃがみ込んで。しばらくの間見つめていたその小箱を、そっと枕元に置いてみた。
似合わないことをしている自分に心地悪さを覚え、すぐに布団に横になろうとして、ふと思い出す。
珠恵の口にした「ヤドリギ」とはどんな木なのだろうか――と、興味本位で検索してみた時のことを。
想像とは違っていたその植物には、いくつかの伝説や伝統があるようで、中身はもう忘れてしまったが、ひとつだけ、女が好みそうな話だと思ったそれは、風太の印象にも残っていた。
『ヤドリギの下では――』
頭上の箱から、珠恵へと視線を移して。
顔を近付けて――静かに眠る珠恵の唇に、そっとキスを落とす。
もう一度苦笑いを零しながら、今度こそもう冷えてしまった布団に潜り込んだ。
珠恵が目を覚ました気配はない。明日の朝、枕元に置かれた箱を見つけた珠恵は、どんな顔をするのだろうか。笑みを浮かべるだろうか、それとも――
見ることはできないだろう、箱を開いたときの珠恵の反応を想像しながら。
風太はほんの少しだけ、今夜、別々の布団で珠恵に触れずに眠ったことを、惜しく思った。
(fin)