「――は?」
仕事中に入っていたメッセージを開いた途端、風太は、思わず声が出てしまっていた。
隣で昼の弁当を食べている翔平が、箸を止めて視線を向けてくるのがわかる。
震えたスマホに、珠恵の弟、昌也から届いたメッセージの内容を見て、風太は小さくため息を吐いた。
「どうしたんっすか?」
「いや、何でも。……なあ、翔平」
「なんっすか?」
唇にご飯粒をつけたまま、丸い目を向けて続く言葉を待ち構える翔平を見て、「いや、やっぱいい」とすぐに視線を逸らす。
「なんすか、気になるな」
「多分お前じゃねえから、いい」
「なんか……今ってバカにされた気が」
「気のせいだろ」
「…………チキンカツめっちゃ美味いっすよ」
「そうか。じゃ、これも食っていいぞ」
視線を空に上げてから、風太は、箸を動かし始めた翔平の横にまだ殆ど手をつけてない食べかけの弁当を置いた。
「え、まじっすか? てかこれ風太さんほとんど食べてないんじゃ」
「いいから食っとけ。俺はちょっと出てくる」
弁当と風太を見比べている翔平に、そう声を掛けて立ち上がる。その途端、手にしたスマホが再び震えた。また昌也かと思いながら画面を見ると、滅多に目にすることのない名前が表示されている。
――萱口真那
何となく予感がしたメッセージの文面は、やはり風太が予想したとおりの内容だった。
「どこ行くんっすか」
「ちょっとな。すぐ戻る」
「本当に全部食べますよ……あざーっす」
そんな声を背後に流し聞き流しながら、いったん現場から離れる。スマホを手にしばらく逡巡してから、風太は、目つきのやたらと悪い猫のアイコンの主を選んで、電話を掛けてみた。
「……はぁぁぁ……い」
真っ先に浮かんだのが、濁声で応答したその相手だというのもやや癪にさわるが、今日の今日では選択の余地はほとんどない。
「……寝てましたか」
「あらぁ、こんな時間に珍しいわね。やだ、なぁに? もしかして逢引のお誘い?」
「すいません、ターニャさん」
「風ちゃんならいつでもオッケーよ」
「……ちょっと、聞きたいことがあって」
あからさまに寝起きの酷いしゃがれ声に苦笑しながら、風太は電話先のターニャにそう声を掛けた。
* * *
「風太さん、お待たせしました」
「いや、おかえり」
「……ただいま」
定位置になった柱の影で待つ風太の元へ、改札を抜けた珠恵が駆け寄ってくるのは、いつものことだ。急がなくてもいいと言うと「はい」と返事が返ってくるのに、結局いつも小走りになっている。
風太を見上げて笑みを向けた珠恵の手を取り、いつも車を停めてる方向とは逆に向けて歩き出す。
「今日は車じゃねえから」
「あ、ターニャさんのお店ですか?」
「や……今日は別んとこだ」
車じゃないと言えば真っ先にターニャの店が出てくるというのもどうかと思いながら、それが自分のせいだとわかっているだけに、何も言えない。
「珠恵」
繋いだ手の方に顔を少し傾けると、応えるように下から見上げてくる珠恵と視線と重なる。
「はい」
「おまえ、なんか俺に言うことないか?」
「え?」
瞬きをした目が、僅かに逸らされる。風太の問い掛けに、恐らくすぐに心当たりがついたのだろう。
「あの、もしかして……」
「ん?」
「今日の、待ち合わせって」
「まあ、な」
「……ごめんなさい」
そういう事を、自分から積極的に言えるタイプでないことは流石にもうわかっている。風太は、苦笑いしながら隣を歩く珠恵の頭に軽く手を置いた。
「別に、責めてるわけじゃねえぞ」
手のひらの下で頭が動き、視線が再び風太の方に戻ってくる。気まずそうな気恥ずかしそうな、なんとも言えない表情をした珠恵が、風太を見上げた。
「風太さん、でもなんで?」
「まあ、お前の性格見越して、いろいろ忠告くれる奴らがいるからな」
「誰が」
「さあな。ただ、1人じゃねえことは確かだ」
「え?」
「あと多分、お前だけじゃない」
――姉のことだから、言ってないかもしれないんで
――知ってたら余計なお世話なんですけど
そんな出だしで始まっていたメッセージはそれぞれが、今日が珠恵の誕生日だということを、知らせる内容のものだった。
珠恵だけではない。恐らく2人ともが、風太もこういうことに気が回らないだろうと気を利かせたのだろう。見透かされているのは少し癪だが、当たっているだけに、流石に余計なお節介だとは言えない。
「遅くなったから、ちょっと急ぐぞ」
「は、はい」
最後のひとことに自嘲しながら、風太は頭を撫でた手を下ろして、空いたままの左手を掴んだ。