本編《Feb》

第五章 更待月3



 功の温かい舌がそこに触れた瞬間、身体中の熱がまた上がる。柔らかくなぞり這わされる感触に、芙美夏はもう、ただ意味をなさない声が溢れるのを止めることができなかった。
 抗おうとした腕も身じろごうとした身体も抑えられて、与えられる熱に訳がわからなくなる。逃れようのない強い快感に力が抜け落ち、強く結ぼうとした唇が解け、啜り泣くような声を上げながら、無意識に功の髪とシーツを掴んでいた。
 溢れ出る蜜を舌が舐めとり、入口から奥へと忍び込んでくる。
「やっ……だ、こう、さ……んっ」
 押し返そうとしているつもりの腕は力なく、身体の奥から何かが這い上がってくる。足元から聞こえる水音が少しずつ耳から遠ざかり、芙美夏の頭の中には、いつしか自分の鼓動と、自分のものではないような嬌声だけが響いていた。
 ひたすら快感を与えてくる功に高みに押し上げられ、もう自分をそこに留めていられなくなる。細く啼くような声を上げて、芙美夏は弾けるように身体を震わせた。

「芙美夏……」
 目を閉じて荒い息を繰り返す芙美夏の耳に、深く欲望を滲ませたままの功の声が届いた。その声に、涙に濡れた重いだるい瞼をゆっくりと開く。
「君に、こんな風に触れた男が……俺の他にもいたのか?」
 顔を上げた功が芙美夏に向ける視線は、どこかほの暗い光を宿して見えた。首を小さく横に振って、その問いを否定する。
「本当に?」
「……だれ、も……功さん、だけ」
 芙美夏の身体がこんな風に熱を持ち潤んで迎え入れようとするのは、欲しいと思ったのは、功だけだった。芙美夏の答えに、何も言わずに目を細めた功が、まだ敏感な肌を再び指や舌で辿り始める。どこか物憂げな色気を湛えた功の顔が、視界の中で芙美夏の乱れる様を見つめていた。
「そんな顔も……俺だけのものだ」
 呟かれた言葉の意味を考えられる力はもう残っていない。ただ、自分が縋り付きたかった人の肩にしがみつくように手を伸ばした。
 芙美夏の肌に落ちる功の汗が、腹部に触れる昂ぶったものが、功の熱を芙美夏に教えていた。
「もう……功さっ……」
 容赦なく芙美夏を責めるように首筋から耳元に舌を這わせてから、功は耳朶を口に含んだ。
「何が欲しい……」
 耳元に熱い息がかかり、送り込まれる声に身体中が震える。もう、芙美夏の全てが、功が欲しいと乞うているみたいだった。
「……も……お願い……」
「言って……芙美夏」
 もう解放して欲しいと懇願するように首を振った。この熱の行きつく先が見えなくて、怖くなる。
「……こう……っ、も、や……おかしく……なる」
「なって……もっと俺に狂えばいい。俺はもうとっくに……おかしくなってる」
 それでも功は与えてくれない。まだ足りない、もっと求めろというように箍が外れる場所へと芙美夏を追い立ててゆく。耳元で囁く功の声も擦れて、その息が荒く乱れていた。
「誰が欲しいか……ちゃんと、答えて」
 欲しいのは功だ。心も身体も、功だけを欲していた。
 ――芙美夏でないと、俺は満たされない
 そう、功でなければ、きっと満たされない。
「……こぅさっ……お願い、こうさん、が……欲しいの……」
 拷問のように続く甘い責めに陥落して、芙美夏は声を上げた。功の身体がわずかな間芙美夏から離れたと思うと、足の付け根に熱く固いものが宛がわれる。
「あげるよ……何度でも」

 埋め込まれたものに満たされると背が反りあがる。身体に押し入ってくる熱に、忘れていた痛みが少しだけ身体を走った。けれどそれは、すぐに痛みを凌駕する感覚に塗り変えられていく。
 伸ばした両手を掴んだ功が、芙美夏の身体を引き上げ、自分の腰を跨ぐように座らせた。奥まで功が届いて、慣れないその深さに小さな痛みを感じる。離れることを許さないというように強く芙美夏を抱き締めた功は、何度も、優しく強くその場所を突き上げた。
 苦しいのに逃れられない。逃れたくない。功が出入りするたびに水音が立ち、二人をつなぐ場所から濡れて流れ落ちる。
「凄いな……芙美夏の中……熱くて……溶けそうだ」
 その言葉に、功を包んでいる自分の身体がまた功に絡みつくように締まる。もう熱に浮かされたようになっているのは、芙美夏だけでなかった。
 功に縋り付きたいのに身体に力が入らず、上げる声も掠れた音にしかならない。
「……芙美、夏、いま……誰と繋がってる?」
 目の前の人が望む答えを、辛うじて口にした。
「こう……さ、ん」
「そうだ……芙美夏、俺がわかる?」
 深く突き上げ、中をかき回されて身体が何度も跳ねあがる。ほとんど焦点の合っていない目が、功の視線と絡まり、息も声も全部飲み込むような激しいキスを受ける。肌も熱も全てが、どちらのものとも分からなくなっていた。
 混じり合いひとつの身体に戻ろうとするかのように、ただ功の存在だけを感じる。わけがわからない程に熱と快感が膨れ上がり、息をするのも苦しい。
「こ……さ……ねがっ」
「もう、いきたい?」
 息の間から、掠れた声で問われ、抗うことなく首を縦に振った。
「……きた……」
 そのまま身体を乱れたシーツの上に倒され、指を絡めるようにベッドに縫い付けられて。功が、ゆっくり自身を引き抜いていくのを、追いかけるように腰が動く。敏感な場所を指で擦りながら、功の熱が、芙美夏の中を奥まで一気に貫いた。
 身体が、止めようも無く震える。
 その動きを繰り返された瞬間、功の身体も震えて、互いの声がどこか遠くで混じり合う。芙美夏は、途切れそうになる意識の中で、功と溶け合い自分がなくなってしまうような感覚を覚えていた。

「芙美夏……」
 芙美夏は、功の手が優しく身体を撫でているのをボンヤリと覚醒しながら感じていた。
「芙美夏。どうにかなりそうなくらい……愛してる」
 呟くような囁きに、重い瞼をそっと開く。間近で芙美夏を見つめる功の、まだ少し熱の残る、だが柔らかな目を見つめて、その言葉が身体に染み込んでいくと涙が零れ落ちた。
 気だるい腕を功に伸ばして、芙美夏は、やっと手に入れたものを離さないようにその身体にしがみ付いた。
「こう、さん」
「――ん?」
「功さん……」
「どうした?」
 呼べば答えがすぐ返ってくるほど側に。その温もりを感じられるほど近くにこの人がいる。もう、二度とこの手を離したくない。離さないでほしい。ゆっくりと顔を近付けて、芙美夏の名前を何度も呼んでくれた優しい唇にキスをする。
「私、も。……ずっと……ずっと、どうにかなりそうなくらい功さんが……すき。お願い……もう、独りにしないで」
 縋り付くように、全ての望みを口にする。
 誰かに、自分自身を必要だと言われたかった。生きていていいと。離さないと。
 その言葉をくれた人は、ここにいる功だった。
「芙美夏……」
 功の腕に力が篭ると、隙間もない程に強く抱き締められる。
「絶対に、もう離したりしない。二度と、ひとりで消えたりしないでくれ」
 その言葉が消えないうちに、功の唇が再び、芙美夏のそれを塞いだ。


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