「どうでした?」
翌朝、功の顔を見るなり、開口一番に挨拶もなくそう問い掛けた淳也を一瞥する。
「ちゃんと、会えたんですよね」
功の浮かべた表情に眉根を寄せ、途端に声を落として尋ねる淳也に、「ああ」と短く答える功の声は、不機嫌さを隠しきれていなかった。
淳也の顔が、益々曇る。
「もしかして、何かよくない話ですか」
「芙美夏は5年も向こうで生活してるんだ。仕事だってある。そんなに簡単にいくとは最初から思ってないよ」
「やっぱり、誰かいたんですか?」
今度は、明らかに不快感を隠さない表情を浮かべて、功は淳也を無言で睨んだ。
「図星……ですか。付き合ってる男がいたんですか? まさか、もう結婚してるとか」
「淳也、お前仕事はいいのか」
そう言ってみたところで、淳也が引き下がる気配は微塵もない。功は、小さく溜息を零した。
「結婚はしてない。向こうの言葉を借りれば、付き合ってる、らしい。正直、芙美夏の気持ちはわからない。ただ、少なくともその男が芙美夏に本気だってことだけはよくわかった。俺の事をとにかく牽制しようとしてきた。どちらにしろ長期戦になるのは覚悟してたんだ。しばらくは仕事の方がごたつかないことを祈っててくれないか」
「功さん、こんなことは言いたくありませんが、それほど余裕はありません。もうひと月ほどで、マスコミに旦那様が入院されていることが発表されます。年明けには功さんの立場も恐らく変わる。気持ちはわかります。無理矢理みいを連れて戻っても、何も解決しない。けど、功さんに時間の余裕がないのも事実です」
「……わかってる。けど無理が利くうちは、俺の空いてる時間は芙美夏に使わせてもらう」
「まあ、俺も、出来る限りの協力はします。多少スケジュールに無理があっても、我慢して下さい」
「お前も色々忙しいだろう。出来ない無理はしなくていい。藍ちゃんが気の毒だ。お前だってゆっくり会えてないんだろ」
「俺はいいんです。藍も今仕事が忙しいみたいだし。それに俺達はいつでも簡単に会える。ご心配には及びません。結婚式もまだ先ですし。それより藍が……みいに会いに行くって言って聞かないんです。俺だって本当は功さんについて行きたい。ついて行って、功さんと一緒にみいを説得したいです。あなたに押し付けられた仕事がなければ、無理にでも行ってますよ」
不満げに本音を漏らす淳也に、ようやく功が笑みを見せた。
「もう少し、我慢してくれないか。今はまだ芙美夏を追い詰めたくない」
貸しですよ、と笑いながら言う淳也に、功が頷き返す。
その顔を見つめながら、淳也は、こんな風に笑う功を、久しぶりに見たと思っていた。
これじゃあ、多少の無理は仕方がないな――と。
「で、その男に、どこで会ったんですか?」
大竹のことを思い出すのも面白くない功は、思わず顔を顰めた。
「芙美夏の家のそばだ」
「勝ち目は、ありそうなんですか」
「まあ、こっちも、引き下がるつもりはないから」
「みいの、気持ちは?」
「少なくとも、会いに来るなとは言われなかった。それに、会えなかった時の事を思えば、これくらいのことは大した問題じゃない」
淳也の、わざとらしいくらい大きな溜息が、人気のない廊下に響いた。
「俺たちの期待に応えて、ちゃんと、みいを取り戻して来て下さいよ、二条専務。じゃあ、俺は仕事に戻ります」
言いたい事だけを口にして、淳也は部署へと戻って行った。
その後ろ姿を苦笑いしながら見つめてから、功も、執務室へと向かう。
次に芙美夏に会えるのは、来週末だ。
それまでに、片付けなければならない仕事は山積していた。