本編《Feb》

第二章 三日月8



 功にお粥を食べさせてもらい、薬も飲ませてもらった。
 薬が効いているお蔭なのか傷の傷みはあまり感じないが、身体と頭がどこか気怠くて重い。それでも、夕べより気持ちも少しずつ落ち着いてきていた。
 眠るように言われたが、美月には、どうしても聞きたいことがあった。さっき目にした功のPCに映っていた映像のことだ。
 無理はしないからと約束をして、説明してほしいと求めた。

「どうしてあんな画像があるの、ずっとあんな風に、見張ってるの?」
 つい咎めるような口調になる美月に、功は落ち着いた眼差しを向けそれを否定した。
「ずっと見ていて知っていたなら、絶対に美月を行かせたりしなかったよ」
「じゃあ、何で」
「淳也。康人のデータ、持ってきて」
 言われた淳也は、躊躇っている。
「でも……」
「いいから。全部美月に見せる」
「何のこと」
「とにかく、持ってきて」
 淳也が、渋々ながらも部屋を出て行った。
「美月。俺は……俺も淳也も、お前をこんな目に合わせた奴を許すつもりはないよ」
「……でも」
「でも、も何もない。絶対だ。だからもし美月が話さなかったとしても、俺達はどんな手を使ってでも調べるだけのことだ」
「功さん」
 美月は、功の本気を感じて、何も言い返すことが出来なかった。自分の不注意でこんな事態を招いてしまったことに、ただ後悔を覚えていた。
「さっきの映像、あいつなんだな」
「……」
「現生徒会長の田邊正樹。元々の名前は、高宮正巳」
 美月がハッとして顔を上げた。
「どうして?」
「夕べから調べていくうちに、奴が浮上した。それで、あの部屋に防犯のためにカメラが備え付けられていることを思い出したんだ」
「カメラ……」
「こんなことがあるまで思い出しもしなかった。俺や淳也が会長の間はあのカメラは停止されていたし」
「でも、なんで……どうして、私があそこにいたこと」
「藍ちゃんだよ」
 寝室の入口から答えたのは淳也だった。
「藍ちゃんに会って話した。それで、みいが俺に言っていた話が嘘だっていうことがわかった」
 美月が気不味そうに目を逸らす。
「その時藍ちゃんが、みいと田邊は顔見知りなのかって聞いてきたんだ」
「藍ちゃんが……」
 美月は、藍の名前まで使って、こんな風にすぐにばれてしまうような嘘を咄嗟についた自分を罵りたい気分だった。
「彼女が、田邊がみいを呼び出した日の事を教えてくれた。だからこんなにすぐにあいつに辿り着けた。藍ちゃんのお蔭だ」
「ごめんなさい」
 謝ることしかできない美月に、淳也が諭すように言った。
「俺たちにはもう謝ることない。けど、藍ちゃんは本当にみいのことを心配してくれてて、今さっきだって電話が掛かってきてた。少し元気になったら、ちゃんと彼女には謝っておけよ。大事な友達なんだろ」
 美月は手を握り締めて頷いた。
「美月」
 再び功に呼ばれて、顔を向ける。
「さっきも言ったけど、君が隠しておきたいと思っても、俺はそうしてやるつもりはない。たった数時間で田邊の身元には辿り着いた。あいつについて美月が知らないことも、もう俺達は知っている。だから、話してくれないか。遅かれ早かれ辿り着く場所は同じだ。だったら、ちゃんと美月の口から聞かせてほしい、本当のことを。思い出すのが……辛くても」
 静かに諭すように美月に言い聞かせながら、功は淳也が持ってきた紙を示した。そこには、今の言葉を裏付ける正巳の身上調査の結果が――美月がほとんど知ることのない、高宮正巳のこれまでの生い立ちが記されていた。
「奴には、誰を敵に回したのかを知ってもらう」
 功の怒りが、伝わってくる。そのことにも、美月は戸惑いを覚えていた。

 昨夜は状況が状況であっただけに、功の言動に対して疑念を抱くような余裕は全くなかった。今朝目が覚めた後も、まるでこれまでずっとそうしてきたかのような感覚のまま、美月自身夕べと同じ距離感で接してしまっていた。
 けれど少しずつ現実に意識が戻るにつれ、困惑が生じてくる。
 功がこんな風に、美月を構いそして優しくするのは、自分が今、酷く傷を負ってしまっているからだ。こんな風に正巳を許さないと怒っているのは、二条家を甘く見られたと思っているからだ――と。
 そう何度も自分に、言い聞かせなくてはならなかった。
 手渡された資料を見れば、功が言っていることははったりではないのだとわかる。早晩全てを調べ上げ、そして正巳を追い詰めることだろう。
 元々は、隠し果せると思ってあんな嘘をついた自分が招いてしまった状況で、ここに至ってはもう誤魔化すことなど無理だと理解する。
 美月が頷くと、功は静かに息を吐き出し、淳也は心配そうに眉根を寄せた。
「疲れたら、休み休みで構わない。まだ熱も下がっていないのに、無理をさせてごめん」
 そう言った功に首を振る。更に淳也は今でなくても、と言ってくれたが「大丈夫」と答えて身体を起こした。
 背に敷いてもらったクッションを背もたれにして、気持ちを落ち着かせるために深く息を吸い込む。
 自分の身に起きたことを話す前に、美月は一度感情を抑え込むように、強く目を閉じた。


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