《第一章》
美月 中学二生
功 高校三年生
淳也 高校二年生
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昼休みになると、高等部の生徒会長室の窓から小・中等部校舎の裏庭を見るのが功の習慣になっていた。
雨の日や風が特に強い日を除けば、ほぼ毎日。
コーヒーカップを片手に、窓際に肩を寄せて寄りかかる。
その部屋から見える裏庭は、正確には小中等部のバラ園として学校案内などに出ている場所ではない。
焼却炉やゴミを集める倉庫の裏手になるそこは、この学園に通っているような、自らゴミの始末をすることのない生徒は立ち入ることのない、用務員などを除けばほとんど誰も近寄らないような場所だ。
その倉庫の裏口に小さな石段のようなものがあり、この部屋は、遠目にではあるが、そこに腰掛けている人の姿が見える位置にあった。
四時限目が自習になったため、教室ではなく生徒会長室で時間を潰していた功は、今日はまだ昼休みにはなっていないため、人影が見えないその場所をしばらく眺めたあと、窓際を離れ生徒会長室の椅子に腰掛けた。
生徒会長室とはいえ、ちょっとした企業の社長室より豪華な調度品で揃えられているそこは、学園の歴代の生徒会長のために用意された部屋ではない。
現生徒会長である二条功が、生徒会長になった三年前に改装され、設えられた部屋だった。
室内の調度品には少しの関心も払わなかった功が、一つだけ希望したのは、その部屋の場所であった。
不意にノックの音が聞こえる。その音に、今では入手困難となった天然の高級木材で作られたデスクをコツコツと叩いていた指先を、功は止めた。
「どうぞ」
声を掛けると、扉を開け、高等部の制服を着た男子生徒が、焦ったように部屋に入ってくる。
「何、淳也」
声を掛けると、淳也と呼ばれた男子生徒が、少し青ざめた顔を功に向けた。
「何度か電話を鳴らしたんですが。すぐに病院に向かってください。奥様が……」
言葉を途切れさせた淳也を、功は、しばらく何の感情も見せないような褪めた表情で見ていた。
そのタイミングで昼休みを告げる音楽が流れ始め、淳也がじれたように「功さん」と呼びかける。
返事の代わりに、功が持っていたカップをそっとデスクに下ろすコトッいう音が、静かに響いた。
「まだ間に合う? それとももう?」
淡々と尋ね返した功は、それから思い出したように。いや忘れていなかったとわかるほど自然な仕草でゆっくりと立ち上り、窓辺に寄ると、先ほどの裏庭を眺め始めた。
功の視線が追う場所、そこに、もうすぐ現れるであろう彼女を思い浮かべて、淳也は少し躊躇いながら口を開いた。
「美月は……病院には連れて来ないようにと」
淳也の声が微かに震えているのは、怒りのためだろうか。振り返った功の目に、両手を硬く握りしめ、こちらを強く睨みつけるように見ている淳也の姿が映る。
功は、口角をゆっくり持ち上げると、冷たい笑みを浮かべて、淳也の目を見返した。
「もう用済みってこと?」
その冷えた笑顔の中に、静かな怒りの在り処を見た淳也は、気圧されたように思わず目を逸らした。
「とにかく急いで下さい」
早口でそう告げ、部屋を出て行く淳也が殆ど音も無く閉めたドアから視線を外して、功はコツリと額をガラスにあて、窓の外を見下ろした。
いつもなら、そろそろ彼女の姿が目に入る頃だが、まだそこには誰も近づいてくる気配がなかった。
込み上げる苛立ちに、ガラスに打ちつけようと振りかぶった腕が、後ろから誰かに捕まれる。振り返ると、先ほど部屋を出て行ったはずの淳也がそこに立っていた。
腕を振り払うと、淳也から視線を外し、椅子に掛けられた制服の上着を羽織る。
「一緒に来なくていい。美月を……」
扉に近づきドアノブに手を掛けたまま、功は振り向く事もなく、窓辺佇んでいるであろう淳也にそう言い残して部屋を後にした。