身体が一瞬強張り、見開いた瞳に涙が膨れ上がる。声も出さず小さく首を振る珠恵の脅えた様子に、それが懸念ではなかったのだとわかる。
「指で、か?」
「い、やっ」
「珠恵」
何かを振り払おうとするかのように首を振り続ける珠恵を、風太は強く抱き締めた。
「落ち着け」
「やあっ」
「大丈夫……大丈夫だ、嫌なことはしない」
強くしがみ付くように絡めた指を握り返した珠恵が、苦しそうな嗚咽の合間に、乞い縋る声が胸を打つ。
「やめ、ないで……お、願い、平気です……お願いだから、止めないで、森川、さ」
「無理するな」
大きく首を横に振って、風太を見上げた泣き濡れた顔が痛々しい。両手で涙を拭ってやりながら、覗き込むようにその目を見つめ返した。
「森川さんは……温かい、です。だから……痛みなら、森川さんに……森川さんが、いい」
今なら、まだ止められる――。
そう口にしようとした言葉は、珠恵の目を見た途端に、胸の奥に沈んで消えた。気持ちを落ち着かせるためにゆっくりと息を吐き出しながら、風太の中に僅かに残っていた迷いが消える。この気持ちの落とし処を、その時風太ははっきりと自覚した。
「聞くの、これで最後だ。後悔……しないか」
「しません」
躊躇する間もなく答えが返ってくる。
「なら、もう止めねえ。あんたは――全部、俺のものだ」
これから自分が何をされるのか、そんなことを理解させる間を与えもせず、珠恵の膝を開いた風太は、そこに顔を伏せた。驚き抵抗する言葉も動きも封じるように、躊躇なくそこを舌でなぞり、解すように中へと潜りこませていく。
「……ん、ぁっ……だ、め……や、だ」
珠恵の吐息に、泣きそうな嬌声が混じる。閉じようとする足を押さえると、ただひたすら丁寧に、緩やかに優しく、傷つけたりしないように珠恵の身体を時間を掛けて丹念に解していった。
自分の欲望は後回しにしながら、けれど、風太の舌と唇や指先は、その全てを味わうように貪欲に動く。
やがて珠恵の身体にまた少しずつ熱が籠り、再びそこが応えるように甘い蜜を零し始めると、羞恥と恐怖でひどく強張っていた身体から少しずつ力が抜けて、時折、まるで強請るように腰が揺れ始めた。
もう一度、指を少しずつ熱く潤んだ中に入れていくと、そこがさっきまでとは違い、風太の指を温かく受け入れ、きついながらも強く食んで呑み込んだ。
駄目だとかイヤだという言葉は、いつの間にか本来の意味を離れ、もう閉じていることができない珠恵の唇から零れる甘くか細い吐息の中に紛れ込む。
「痛く、ないか」
首を横に振るのが精一杯の珠恵の中に埋めた指を探るように動かしながら、胸や肌への愛撫を施し、少しずつ指を増やしていった。きつい中を出入りしながら、珠恵の身体から漂う明らかに男を誘う香りや唇から零れる嬌声に、さすがに風太も、自分の限界を感じていた。
「いっかい……イッとくか」
「……ん……な、に」
珠恵の熱く潤んだ中を指で撫で、刺激しながら、彼女の芯を舌でなぞる。
「や、ぁっ……っん……っ」
指を強く締めつける中の動きに満足しながら、ただひたすら快楽の淵に追い込んでいく。泣きながら小さく上げた声を途絶えさせた珠恵の身体が、一瞬強張り、そして僅かに弛緩するのがわかった。
大きく呼吸を繰り返す身体を抱き締めながら、涙を拭った唇を、珠恵のそれに重ねる。まだ息も整っていない珠恵の中に埋めたままの指を動かすと、敏感になっている身体が、その動きに反応する。耳朶に唇を寄せた風太は、わざとそこに声を送り込んだ。
「中、熱い。さっきから俺の指締めてんの、わかるか」
「……いわ、ないで……下さい」
熱で潤んだ泣き出しそうな瞳と羞恥に色づく表情を見て、風太は思わず苦笑いした。優しくすると言ったのに、いじめているような気分になる。
「……なあ」
けれど、まだ――足りない。
「俺も、入りたい」
そっと抜いた蜜の絡む指で、彼女の入口をなぞる。
「いいか」
確かめるように珠恵の顔を覗き込むと、熱に酔ったような双眸が、まるで風太の顔を脳裏に焼き付けようとするかのように、真っ直ぐに見つめ返してくる。
少しだけ息を呑み込んだ珠恵が、小さく、だがはっきりと頷いた。
互いの全てを曝け出して、重ねた肌が熱い。森川に触れられた瞬間から、その熱に酔いしれて逆上せている。
縋り付きたくて腕を伸ばすと、自分の二の腕に浮かぶ森川が散らした赤い印が目に映った。肩にしがみつきながら、まるでそれが彼の絵から散った花びらのように見えて、胸の奥に切ない喜びが広がる。
耳朶を擽る熱い息が、そこをなぞり食む唇が、珠恵の身体の中を震わせる。開かれた足の間に熱いものが宛がわれると、どこか獰猛な、けれど限りなく優しい瞳で珠恵を見つめた森川が、ゆっくりと身体を押し開いていく。
受け入れる覚悟はできているつもりでも、身体が痛みに縮こまり、ベッドの上で、上擦り始めてしまう。
「力、抜け……」
「っ……はぃ…」
頷いているのに勝手に逃げてしまう身体が森川に引き戻され、肩を強く抱え込むように捕えられた。身体を引き裂くような痛みとともに与えられる熱に必死で耐えようとして、きつくしがみついた肩に指を立ててしまう。上下する広い肩が、森川が何度も大きく呼吸していることを珠恵に伝えてくる。
「……なあ」
問うようなその声に、けれど言葉を返す余裕など、今の珠恵にはなかった。
「うちの……親方、な……」
この場にそぐわない唐突な話に、それでも戸惑いを覚える。
「おかみさん、の……方からだった、らしい」
「……な、に……、です…か」
痛みを堪えながら辛うじて答えた声は、途切れ途切れで。
「グズグズ、してないで、早く結婚してくれって言いな、って……おかみさんに脅されて……プロポーズ、したらしい」
「――え?」
今の状況も忘れて、思わず素の声が漏れてしまう。しがみついていた肩口から顔を引き離されると、すぐそばに寄せられた森川の目元に可笑しそうな笑みが浮かんだ。片側の頬だけが、窪みを作っている。その情景を想像した珠恵がつい笑みを零すと、途端に、顔を寄せた森川の目が眇められた。
僅かに力が抜けたその刹那、身体の奥まで更に深く、森川自身が入り込んできた。
痛みに、顔を歪め強く森川の身体にしがみつく。声を上げるのを堪えるために強く唇を噛んだが、それでも、声が漏れてしまう。
「っん……全部、入った。……ゆっくり、息、してみろ」
噛み締めた唇をゆっくりと開いて、言われた通り吐き出す息が震える。痛みと身体の熱で滲む額の汗を、森川が何度も掻き上げてくれた。
唇がそっと瞼に、そして目尻に何度も落される。森川の舌がそこを微かになぞる動きで、珠恵は初めて、自分が泣いているのだと気が付いた。
「辛い、か」
肩で息をしながら微かに眉根を寄せた森川も、身体や顔に汗を滲ませている。その目を見上げて、珠恵は静かに顔を横に振った。
「……おかしい」
何が? という目をした森川が、その答えに気が付いたのだろう苦笑いする。その振動が身体に伝わり、また痛みが下腹部に滲んだ。
「まずったな。大事な、初めてだったのに、あんな話するんじゃなかった……」
その言葉を否定するようにもう一度首を横に振る。森川の気遣いはわかっていた。
誤魔化せない程熱い痛みを感じているのに、胸の中が温かくて自然と笑みが零れる。クスクスと笑っては痛みに顔を顰める珠恵を、目を丸くして見ていた森川も、くっと笑い声を漏らす。
顔を見合わせて笑い合った後、森川の顔から笑みが消えて、ゆっくりと優しいキスが落とされた。身体の中にある熱を持った彼のものが、熱く脈打つのを感じた気がした。
「――悪いけど……動きたい、ちょっと、我慢してくれ」
欲望の滲んだ途切れ途切れの声に、目を閉じて頷いて。珠恵は、森川の肩を掴んだ手にギュッと力を込めた。
ベッドを軋ませて、森川が初めはゆっくりと、次第に強く、珠恵の身体の奥を穿き、撫で、掻き回していく。強く感じていた痛みはなくなりはしないが、少しずつそれ以外の熱が、珠恵にも植え付けられていく。
森川が漏らす声や、激しい息遣い。力を入れる度に、形を変える鍛えられた筋肉の動き。縋りつくように身体を重ねたまま、その何もかもが、堪らなく愛しい。
「もり……か、さん」
「っ……あんま、締めるな」
「わかっ……ない」
微かに森川の顔が苦しげに歪む。もしかして自分が慣れてないから、本当は辛いのだろうか――。そんなことを思うと、少し悲しくなる。
「もり、……わ、さ」
「ん……なに」
「……気持ち、よく……ない、ですか」
「……いいよ」
「うそ……」
眉根を寄せたまま、珠恵を見つめた森川の唇が微かに上がる。
「ああ、うそ」
笑っているのにどこか意地悪な顔をした森川の言葉に、自分で聞いておきながら傷付いて、珠恵は込み上げた涙を誤魔化すように目を逸らした。途端に、耳元に唇を寄せた森川が、クッと笑う声が身体を震わせる。
「嘘、だよ。すっげえ……いい」
「ひどっ、あっ」
力強い腕に頭を強く掻き抱かれ、喉元に咬みつくようなキスを落とした唇が、休む間もなく珠恵の唇を塞ぐ。荒々しいのにどこか優しい動きで舌が捉えられ、必死でしがみつきながらも珠恵は、森川に教わったとおりその動きに応えた。
自分が漏らしているとは思えない程の甘い声が、どこか遠くに聞こえる。
「……わかれよ」
「っは、ぁっ……」
「……こんなにしといて」
唇の上で囁く森川の声は、鈍い珠恵でもわかるほど切羽詰まったもので。それが、彼も同じなのだと思い知らせてくれる。
「……もり、か……さ」
乞うように名前を呼ぶと、欲望を露わにした深い色の瞳が珠恵を見つめる。その目に焼かれたように、身体の芯が震えて熱を吐き出すのがわかった。
「もり、かわ……さん」
何度も何度も、繰り返し彼の名前を呼ぶ。もう、二度とこんな風に呼ぶことのない人の名前を、身体中に刻み込むように。そうすれば記憶の中にさえ溢れて仕舞いきれなくなって、永遠に忘れない気がして。
何度も唇で、頭の中で、呼び続けた。
森川が入り込んだ場所から聞こえる肌を打つ音や、蜜の絡み合う水音。初めての痛みも快感も。汗や肌の匂いも。重ねた肌に浮かぶ天女が、まるで舞うように彼の動きに合わせて揺れる様も。そして見つめる瞳の熱も、優しさも。
全てを、忘れないように胸の奥に焼き付ける。視界を滲ませる珠恵の涙を、森川の唇が何度も拭う。全身に灯された熱に浮かされ、意識が、どこか朦朧とし始めていた。
「……すき」
「珠、恵……」
「……り…か……さん…好き…です……」
理性という箍を破って、剥き出しになった気持ちが溢れ出てしまっていることに、珠恵はもう気が付くこともなかった。
「……んっ…もっ、熱い……おね、がい…もう……も、りか…さん」
「珠恵」
「……好、き、もり……さ……すき…で……」
一度強く目を閉じた森川が、眉根を寄せたどこか苦しそうな顔で珠恵を見つめた。
「――くそっ」
小さな呟きと同時に、突然その動きが激しくなる。戸惑いを覚えたのは一瞬で、唇から漏れる声や、瞳から零れる涙を堪える余裕などどこにもなくなり、あとはもうただ目を閉じて、森川に与えられるものに翻弄されていた。
互いの肌の熱と、激しい息遣いしか感じられなくなる。やがて強く引き結んだ唇から、堪えきれないような吐息混じりの声を漏らした森川が、一瞬動きを止めた。
――珠恵
擦れた苦しげな声で名前を呼ばれた気がした刹那、より深くまで身体の奥を押し上げられるような動きに、吸い込んだ息が止まり頭が白くなる。その瞬間、身体を震わせた森川の、珠恵の中を嬲っていた熱が、そこで放たれるのを確かに感じた。
無意識に上げた声が、重なった唇に呑み込まれる。
激しく上下する広い肩に必死ですがりついていた腕から、やがて力が抜けて。
息を揺らしたまま、珠恵の身体が、滑るようにシーツの海に落ちた。