身体の芯がゾクリと震え、心臓を鷲掴みにされた気がした。
腕に触れている華奢な手を乱暴に掴むと、押し倒した身体の顔の横に縫い付けるように押さえ込む。見開かれた瞳を見つめる自分の目は、きっとさっきまでは抑えていた欲望を曝け出してしまっているだろう。
余裕もなく、性急に唇を塞ぐ。さっきより舌が柔らかく解れるのが早い。息が苦しくなる間際に唇を離すと、今度は剥き出しにした二の腕の柔らかな皮膚にそれを落として吸い上げていく。
何度も場所を変えて舌でなぞりながら、風太はいくつかの印をそこに刻み込んでいった。ある場所に触れた風太の唇が、珠恵の身体がピクリと反応を示したのに気がついた。
「見つけた……」
「……な、に」
「いい場所」
息が当たるだけで、細い腕が小さく動く。珠恵がそこに気を取られている隙に、風太はいつのまにかバスローブの布の下に滑り込ませた手で、白く柔らかな胸を辿った。
「……ゃっ、もりか、さ」
身を竦めようとした珠恵の唇をもう一度強引に塞ぎ、遠慮なく口内を貪る。風太の身体の下でしなる白い肌は、少しずつしっとりと汗ばみ始めていて、彼女の身体も熱を帯びていることを伝えていた。
甘い蜜で虫達を呼ぶ花のように、そこだけが誘うように違う色をした胸の先に辿り着いた指は、周囲の柔らかさとは対照的に、もう硬くなってきているそこを弄び始めた。
「……待っ……もり、やっ……んっ」
「二つ目」
風太の性急さについていけない珠恵が上げる声に一度手を離すと、泣きそうな顔をした頬に手のひらを当て、繰り返しそっと親指で撫でる。少しずつ力が抜けるのを待ってから、その手を滑らせて耳元から首筋のラインをなぞっていくと、風太の手の動きに合わせるように珠恵の肩が小さく震えた。
耳元に唇を寄せて小さく笑う。
「三つ目、ここだ」
そっと耳朶を食みそこを舌でなぞる。頬を染め目を瞑りながら、必死で声を出すのを我慢しようとしているその顔に、堪らなくそそられる。
耳元から首筋そして鎖骨を唇と舌で辿り、反対側の鎖骨へも唇を落とそうとして、そこにある別の男の痕が目に入った。そっと、指先でそこに触れると、珠恵の瞳がゆっくりと風太を見上げ、微かに震えた唇が小さく開かれた。
「……消して……くださぃ」
縋るような声を上げた珠恵の身体を引き起こして、腕の中に抱き込む。素肌同士が重なった胸元から、胸を打つ彼女の鼓動が伝わる。
「おねがぃ……消して」
髪を撫で額を重ね、風太にそれを乞うた瞳を見つめて。一度だけ軽く唇を合わせてから、その男の残した痕跡を消すように強くそこを吸い上げた。
「っん……」
きっと痛みさえ感じているのだろう、声を殺してしがみつく珠恵の指に力が入る。それでも、赤く鬱血した痕が別の男の痕跡を消し去り大きな花を咲かせるまで、風太は、それを止めることはしなかった。
そのまま、再び珠恵の身体をベッドに押し倒すと、唇と舌で、そして時折軽く歯を立てるように、胸の先を嬲り始めた。そこを食んで転がし味わいながら、彼女の反応をみて微かに笑う。
「……んっ、な、に」
「声、我慢するな」
何度も重ねたキスで、熱を持ったように赤く濡れた唇に触れる。
「や……っ、は、ずかし……」
「あんたの声、ちゃんと、聞きたい」
耳朶に唇を落しそう告げると、応えるように、吐息と共に甘く啼くような声が零れ落ちた。
片手で胸を揉みしだきながら、鼓動が刻まれる心臓の上を吸い、そのまま腹部へと唇を這わせて行く。しっとりと汗ばんだ腹部がしなる度、頭上から切なげな声が聞こえる。胸の脇辺りの柔らかな皮膚、そして腰骨の上にも、また敏感な場所を見つけた。
「ここも……ここもだ」
「……もりか、さ……の、から、だ……熱い」
「自覚、あるか?」
「……ん」
「煽ってるって。……あんたの身体も、熱い。ちゃんと俺に、欲情してる」
その時、腰から下を覆うバスローブの裾から手を滑らせた風太は、指先に触れる珠恵の肌の感触が、僅かに異なる場所があることに気が付いた。
「あ……や、めて」
不意に珠恵の身体がビクっと大きく動いた。
「嫌っ、見ないで、下さい」
視線を下げようとすると、悲鳴じみた声を上げた彼女が、足を隠すように身体を縮めてしまう。どうしたと聞いても、「触れないで」という呟きのような声が返ってくるだけだ。
「何か……したか?」
ベッドに顔を伏せるように、必死で首を横に振る珠恵に戸惑う。
「じゃあ、何かされたのか?」
「ち、違う……ごめんなさっ……でも」
「じゃあ、何だ、何で、謝る?」
「ごめ……なさい」
「だから……」
静かに息を吐く。身体を丸めた珠恵に手を伸ばした風太は、シーツを掴んだ手のひらを取り、指を絡めてしっかりと握り締めた。
「――珠恵」
そう、彼女の名前を呼ぶ。驚いたように顔を上げた珠恵の顔から胸元までが、その瞬間、赤く染まった。
「傷つけたりしない、信じろ」
「森、川……さん」
「全部見たい。あんたの全部を」
「わ、たし、の」
「そうだ。全部、俺のものにしたい。あんたは、違うか」
「……わ、私……は」
「俺の全部、欲しくないか」
微かに見開いた瞳が揺れて、すぐに閉ざされた。
「ほ、しぃ、です……森川さんの……全部」
切れ切れに掠れた声が答えた後、絡めた指先から、少しだけ抵抗が抜けるのが伝わってくる。
「でも……けっ、欠陥品、だって……だから」
「馬鹿なこと言うな」
珠恵の足元を隠していたバスローブを、ほんの少しだけ開く。膝から腰のあたりにかけて、そこだけが僅かに皮膚の色が違う傷痕が広がっていた。
「これ、か」
「昔、大きな、けがをして」
そっと指で触れると、ビクッと身体が動く。
「痛みがあるのか?」
「……お医者さんは……気のせいだって、でも、時々」
「そうか……。なら、これはどうだ」
問いながら風太は、そっと傷痕に唇を落とした。
「っん……」
「痛いか?」
目を閉じたままの珠恵が、小さく首を横に振る。
「じゃあ、これは? 気持ち、悪いか」
今度は舌で、その傷痕や周囲を舐め上げていく。彼女が示す反応は、明らかに痛みとは別の物を感じているように思えた。
「っゃ……っん……も、いい……もりか……っさ……無理、しないで」
「綺麗だ」
「そんなのっ」
「本当だ。あんたは、俺の絵を見て綺麗だって言った。けど……これは俺の汚れだ。あんたのこの傷は違う。俺には、この傷の方が……ずっと綺麗に見える」
「だって……ずっと、私」
「忘れろ。あんたを欠陥品だって言った奴の言葉は全部。そいつの目が、腐ってるだけだ」
嗚咽を堪える小さな声が聞こえて、胸が僅かに痛む。
「あんたは欠陥品なんかじゃない。……ほら、ここ……感じるだろ」
傷の中にも珠恵の反応がよくなる場所をみつけて、そこを重点的に唇で、指で愛撫していく。やがて、泣き声の中に微かに甘い吐息が混じり始めるのがわかった。
「……気持ち、いいか」
「わか……なぃっ……ぁ」
「なら……身体に確かめる」
少し笑みを漏らした風太は、もうあまり着ている意味をなさなくなっていたバスローブの紐を解いて、その上に晒した珠恵の全てを、目に焼き付けるように見つめた。
「ゃっ、待って」
「待たない」
身体を捩って隠そうとする動きを封じながら。秘められた彼女の身体の中心を割り開く。そこをなぞると、指にしっかりと蜜が絡んだ。ピクリと震えた珠恵の身体が、熱くなっているのを感じる。
「わかるか……?」
赤く染まった顔を何度も横に振る珠恵の膝を割って、身体をそこに入り込ませた。
「ちゃんと、感じてる。ほら……」
指で解すように入口をなぞると、耳を打つ水音に、風太の口元に笑みが浮かぶ。急く気持ちを抑えながら、ゆっくりとそこにまずは指を一本だけ埋めていった。
やはり狭いそこが、侵入を拒むように固くなる。緊張からだろうか。急に強張ったような身体の変化に、珠恵の様子を伺うようにその表情を見つめると、強く目を閉じて何かに耐えるように唇を噛んでいる。
「……怖いか?」
さっきまで風太の愛撫に少しずつ解れていた身体から、明らかに熱が引き始めていた。脅えているようにさえ見える。それでも、風太の言葉に弾かれたように開かれた目は、縋るようにこちらを見つめていた。
「違う……ゃ、めないで……」
「けど」
「お願い……大丈夫だから、お願いです」
何度も首を振る珠恵の、強くシーツを握り締めた指先が、白くなり震えている。ふと、ある懸念が頭の中を過った。
――最後……までは
震える指先をもう一度柔らかく包み込んでから、風太は、珠恵にそっと顔を近づけて問うた。
「そいつに、触れられたのか」