2022-09

本編《Feb》

第四章 立待月10(雨月)

『拝啓 芙美夏様』 芙美夏――と、確かに記されたその文字に、酷く動揺した。 流れるような手紙の文字は、由梨江の手によるものだった。時折乱れ、震えている箇所も見られる。初めの一文に目を通すと、芙美夏は震える唇を引き結び、目を閉じた。 気持ちを...
本編《Feb》

第四章 立待月9(雨月)

「由梨江の入院中も、私はなるべく時間を見つけては病院に通った。何度も何度も妻に侘びた。今更だが、やり直したいと告げた。何度か入退院を繰り返し、由梨江がようやく落ち着いてきた頃、由梨江が子どもを身篭った。それが……美月だった。 由梨江に懐かな...
本編《Feb》

第四章 立待月8(雨月)

「歴史と伝統の中には、光と闇がある。例えば香川の家などは、元を辿れば二条家の暗部を荷なう一族が祖先だ。今では表立って二条を支える地位にあるが、歴史を紐解けば、香川家はその存在さえ表舞台からは消されていたこともある。勿論ずっとずっと昔の話だ。...
本編《Feb》

第四章 立待月7(雨月)

突然の問い掛けに、戸惑いを覚えながら考えてみる。 二条の家の中で10年以上の月日を過ごした芙美夏には、それがほんの少しだけわかる気がした。 気の遠くなる程続いてきた由緒ある家柄と守られて来た伝統、大きく成長していく会社と、そこに関係する人々...
本編《Feb》

第四章 立待月6(雨月)

行きも帰りも二条家が手配した広い座席は、自分には不釣り合いで落ち着かない。乗務員から提供される恐縮するほど手厚い接客も、帰りの機内では、愛想笑いを返すのさえ難しかった。 シートベルトを締めながら、芙美夏は指先がまだ震えているのに気が付き、手...