2022-07

本編《雨月》

第十一章 雨と渇求4

母家の台所では、もう既に起きていた喜世子が一人、朝食の支度を始めていた。「おかみさん、おはようございます」「あんた……」 目を瞠った喜世子が、慌てて火を止め風太の方へと近付いて来る。「昨夜は、すいませんでした。結局顔出さないままで」「そんな...
本編《雨月》

第十一章 雨と渇求3

明け方、空が白み始めた頃、森川と二人でホテルを後にした。あれだけ降っていた雨はもう上がっていて、けれど濡れたアスファルトとまだそこここに残る水たまりや時折落ちてくる水滴の様子で、ついさっきまで降っていたのだろうことがわかる。 珠恵に合わせる...
本編《雨月》

第十一章 雨と渇求2

「起こしたか」 風太は、静かに息を吸い込んで、平静を装い声を押し出した。「……いえ」 微かに首を振り唇を引き結んだ珠恵は、一度上げた視線をまたすぐに逸らしてしまった。「まだ、夜中だ。朝には送ってやるから、もう少し眠っておけ」「……森川、さん...
本編《雨月》

第十一章 雨と渇求1

「……眠ったのか?」 知らない感覚に翻弄され力が抜けて、しばらくは何も考えられずにぼんやりとしていた珠恵は、身体を拭われながらいつのまにか目を閉じてしまっていた。 そんなつもりではなかったけれど、珠恵を気遣う森川の静かなその声が耳に届いた時...
本編《雨月》

第十章 雨と雷鳴6

身体が一瞬強張り、見開いた瞳に涙が膨れ上がる。声も出さず小さく首を振る珠恵の脅えた様子に、それが懸念ではなかったのだとわかる。「指で、か?」「い、やっ」「珠恵」 何かを振り払おうとするかのように首を振り続ける珠恵を、風太は強く抱き締めた。「...